タタール人とは?ロシアを200年以上支配したロシアの少数民族

世界の人々

タタール人はロシア連邦に暮らす最大の少数民族で、人口は500万人ほどとされています。

ロシアの「タタールスタン共和国」を中心に住んでおり、モスクワから約500km東に位置しています。

ロシア人といえば、スラヴ系のヨーロッパ人に近い人々という印象が強いかもしれません。

しかし、実はタタール人はかつて240年間も「ジョチウルス」としてロシア全土を支配したこともある人々であり、ロシアでは今でもこの出来事は「タタールのくびき」として記憶されています。

つまり、タタール人はロシアに大きな影響を与えてきた人々であり、ロシアについて理解するために欠かせない存在ともいえるでしょう。

今回の記事では、そんなタタール人について文化・言語・社会などの視点から分かりやすく紹介していこうと思います。

① タタール人の雰囲気

タタール人は、カザフスタンなどで見られるアジア人っぽいテュルク系の顔立ちに、ヨーロッパ系の顔立ちが混ざっている人が多いとされています。

私は実際に写真を見てみると、タタール人はテュルク系とよばれるアジア人に近い人々がルーツなので、アジア系にもっと近い顔立ちだと思っていたのですが、実際には長い歴史の中でスラヴ系ロシア人との混血も進み、どちらかというとヨーロッパ系の顔立ちをしている人が多いと感じました。

② タタール人の文化と暮らし

タタール人が住むタタールスタン共和国の中心地は首都カザンで、人口は約130万人もあります。

カザンはロシアの中でも美しい都市の一つとされており、街の中心にはカザン・クレムリンと呼ばれる建造物があり、世界遺産にも登録されています。

ちなみに、クレムリンというとモスクワのイメージが強いかもしれませんが、実はこの言葉は固有名詞ではなく一般名詞で、ロシア各地でクレムリンという名前がついた建築が見られます。

そして、カザン・クレムリンのユニークなところは、ロシア正教の教会と巨大なイスラムのモスクが並んで建っており、ロシアの世界観とイスラムの世界観が共存しているところだと思います。

また、タタール料理は、水餃子風の料理「ペルメニ」がとても有名です。

餃子を食べるのは東アジアというイメージを持っていましたが、モスクワの近くの地域でも食べられていることには驚きました。

そして、タタール人の宗教はロシアでは珍しくイスラム教です。

ただロシアの影響力も強いため、サウジアラビアやイランのような厳しいイスラム教ではなく、トルコのようにヒジャブもあまり着ることのないゆるやかなイスラム教です。

③ タタール人の言語

タタール人が話すタタール語は、トルコ語やウズベク語などと同じテュルク語族というグループに属しています。

しかし、タタール語はロシア語の影響を強く受けてきたので、語彙や発音にロシア語的な特徴も強い言葉です。

例えば、タタール語の「時間」は vakit と発音するのですが、ロシア語の время(vremya)と似ているといえます。

その一方で、タタール語の「本」 kitap はトルコ語の kitap と同じです。

このように、タタール語はロシアとトルコの両方の影響を受けている言葉ということが分かっていただけるでしょう。

また、タタール人は領土的にはロシアの一部なので、都市部ではロシア語が日常的に使われています。

④ タタール人のルーツと歴史

タタール人のルーツは、もともと中央アジアにいたテュルク系の人々と、モンゴル系の遊牧民が混ざり合ってできた人々と考えられています。

その後、彼らは「キプチャク草原」と呼ばれる現在のカザフスタン、ロシア、ウクライナなどにまたがる地域で生活するようになり、現在のタタール人の姿が形づくられていきました。

13世紀には、チンギス・ハンの子孫が西側に進出していき「ジョチウルス」と呼ばれる国を築きました。

この「ジョチウルス」はロシアを200年以上支配し、タタール人はその中で軍事や行政など中心的な役割を担いました。

これは少し誤解されやすい部分なのですが、「ジョチウルス」は最初からタタール人が作った王国というわけではなく、モンゴル人が作った国で、その後の実際の行政や軍事はタタール人に任されたそうです。

ちなみに今もロシアではこの「ジョチウルス」の時代はタタール人とモンゴル人に支配された時代として黒歴史として受け継がれています。

その後、ジョチウルスが衰退するとロシア帝国が勢力を伸ばしていき、タタール人の地域もロシアの支配下に入りました。

そして20世紀にはソビエト連邦の中の1つの共和国となり、タタール文化は抑圧されつつも生き残りました。

⑤ タタール人の社会

タタールスタン共和国はロシア国内で比較的所得の高い地域とされています。

特に盛んな産業は石油産業や工業などです。

カザンは教育水準がとても高く、ロシア全土から優秀な学生が集まる都市としても有名です。

特にカザン連邦大学はロシア屈指の名門として高い評価を受けています。

元々、私の「少数民族」のイメージは田舎で暮らしている人々というものでしたが、タタール人は所得も高く、教育も進んでいて都会的な少数民族であるということに驚きました。

まとめ

タタール人は、テュルク系やモンゴル系のルーツを持ちながら、ロシアにおいて大きな存在感を持つ人々です。

一般的にイメージされるスラヴ系の文化を持つロシア人とは異なる、ロシアの多様性を象徴している人々だと思います。

そのため、ロシアを多角的に見たい人にとって、ロシアに大きな影響を与えてきた少数民族タタール人を知ることはその第一歩になるはずです。