タジク人とは?イランの文化的影響を強く受ける中央アジアの人々。

世界の人々

タジク人は中央アジアに暮らす民族の中でも、特に古い歴史と文化を持っている人々です。

タジク人の人口は約1,000万人ほどで、多くがタジキスタンという国に住んでいます。

また、ウズベキスタンの世界遺産にも指定されている都市サマルカンドにもタジク人が多く住んでいるとされています。

中央アジアと聞くと、遊牧民や広い草原をイメージする方が多いかもしれませんが、タジク人が暮らす地域の多くは標高の高い山の多い地域で、中央アジアでは珍しく文化的にトルコよりもイランの影響を強く受けています。

そのため、カザフスタンやウズベキスタンなどの周辺の中央アジアの国々とはまた異なった雰囲気があります。

今回の記事では、タジク人の雰囲気や暮らし、言語、歴史などを分かりやすく紹介していきます。

① タジク人の雰囲気

タジク人は中央アジアの中でもどちらかというと「イラン系寄り」の雰囲気を持っている人が多いとされています。

タジク人は目鼻立ちがはっきりしていて、ヨーロッパや中東に近い印象を受ける人も多いそうです。

日本人に近いとよくいわれるキルギス人とは対照的で、同じ中央アジアにも関わらずこんなにも顔立ちが多様なのは、私はとても興味深いと思っています。

② タジク人の文化と暮らし

タジク人の生活の中心は、山に沿って点在している村や谷の集落です。タジキスタンの国土の9割以上が山とされています。 (日本の山の割合は7割なのでそれよりも多いです。)

そのような地形のため、首都ドゥシャンベでさえ周囲を山に囲まれており、タジク人はまさに“山とともに生きてきた民族”だと言えるでしょう。

ドゥシャンベの街並みは、昔ソ連の一部だったため、ロシア風の建築も多く見られます。

その一方で、文化的には先ほど述べたように古代からイランのペルシャ文化の影響も強く受けており、イランとロシアが混ざりあったような雰囲気がタジキスタンにはあります。

つまり、イスラム教のモスクの隣に、ソ連時代のロシア風建築があるような雰囲気です。

また、タジキスタンの料理では、パンに野菜入りのヨーグルトのソースを混ぜた「クルトブ」などがよく食べられています。私はクルトブは日本においてはなかなか見られない種類の料理で、一回食べてみたいと思いました。

③ タジク人の言語

タジク人が話す言葉はタジク語なのですが、実はこれは「ペルシャ語の一種」と考えられています。

どういうことなのかというと、タジク語はイランで話される言葉ペルシャ語とほとんど同じ言葉ということです。

さらにはアフガニスタンで話されるアフガン語ともとても近いとされています。

例えば、「私はタジキスタンの料理が好きです。」という文をその3言語で作ってみます。

タジク語 Man taomhoi Tojikiston-ro dust medoram.

ペルシャ語 Man ghaza-ye Tajikestan-ra dust daram.

アフガン語 Man ghaza-ye Tajikestan-ra dost daram.

「Man」の部分や「dust」, 「medoram」などの部分が似ていると思ったのではないでしょうか。

ただ、今回は分かりやすくすべてアルファベットで表記したのですが、実際には、タジク語はロシアのキリル文字、ペルシャ語やアフガン語はアラビア文字が使われています。

インドのヒンディー語とパキスタンのウルドゥー語はかなり似ていますが、インドはデーヴァナーガリー文字、パキスタンはアラビア文字を使うという点で異なっているというのと似ていると私は感じました。

また、タジキスタンでは長い間のソ連の支配により、エリートや年配の人々はロシア語を話すことができるとされています。

④ タジク人のルーツと歴史

タジク人は中央アジアの中では珍しい遊牧民ではなく農民が中心の民族です。

古代のソグド人(ウズベキスタンのサマルカンド周辺にいた人々)を祖先に持ち、シルクロードの交易や文化交流に大きな役割を果たしました。

そのため、今でもウズベキスタンのサマルカンドには多くのタジク人が住んでいるとされています。

その後、7~8世紀ごろにはアラブ系の帝国に、13世紀にはモンゴル帝国に、19世紀にはロシア帝国に支配されましたが、山に囲まれた地形のおかげで独自の文化を保ってきました。

1991年のソ連崩壊後にタジキスタンは独立しましたが、その直後には内戦が起き、多くのタジク人が国外へ移動しました。

現在でもロシアやアフガニスタンなどに多くのタジク人が暮らしているとされています。

⑤ タジク人の社会

タジク人が多く住むタジキスタンは、中央アジアの中では経済規模が小さい国ですが、主にロシアへの出稼ぎによって多くの家計が支えられているとされています。

なんと、ロシアへの出稼ぎによって稼いだお金がタジキスタンのGDPの半分近くというデータもあるくらいです。

私はこれにはとても驚きました。ちなみに中央アジアの国キルギスなどでも似たような状況が起きています。

そのため、タジキスタンではロシア語が話せるのはロシアで働けるエリートの印象があり、とても重宝されます。

ロシアのウクライナ侵攻により、ロシアの孤立がよく報じられていますが、私は中央アジア、特にタジキスタンなどにおいてはまだロシアやロシア語の地位は不動なものだと思っています。

ただ最近では、2024年にタジキスタン出身のテロリストがロシアのモスクワ郊外でコンサートのテロを起こしたこともあり、ロシア社会においてタジキスタン人など中央アジア人への差別が広がっているという報告もあります。

そのため、私は今後さらにロシアが政治において閉鎖的になれば、徐々にタジク人たちもロシアに依存しない経済の仕組みを作り上げていくかもしれないと思っています。

また、最近では中国の一帯一路プロジェクトにより、中国の影響も強まってきているとされます。

実際、私もドゥシャンベの孔子学院で中国語を学んだことのあるタジク人の知り合いがいます。

まとめ

タジク人は中央アジアでも特に古い歴史を持っており、ペルシャとロシアが融合したような独特な文化を持っている人々です。

タジキスタンは、まだインターネットがあまり繋がらないといわれており、旅行者や海外ノマドなどは少ないですが、私は今後タジキスタンが発展するにつれて、徐々に話題が増えてくるような国だと思っています。