ラージプート人(Rajput)は、インド北西部のラージャスターン州を中心に暮らす人々です。
「ラージプート」とは古代インドの言語サンスクリット語で“王の子”を意味し、その名の通り古代から戦士階級として知られてきました。
そのため、インドのボリウッド映画でもラージプート人は勇敢な戦士として登場することが多いです。
日本でいうと、戦国時代の武将のようなイメージだと思います。
今回の記事ではそんなラージプート人について文化・社会・歴史の視点からわかりやすく解説していきます。
① ラージプート人の雰囲気

ラージプート人は、やや小麦色の肌にくっきりとした目鼻立ち、高い鼻筋をしていることが多いそうです。
遺伝的にはデリーなどがある北インドのアーリア系の影響が強く、中東的な顔立ちを持つ人も多いとされています。
ラージャスターン州の人々は、今でも伝統的なターバン(男性が頭に巻く布)や色鮮やかな衣装を大切にしています。
ちなみに、私は「ターバンはイスラムの衣装」というイメージを持っていたので、ターバンを巻いているインド人はイスラム教徒と思い込んでいたのですが、実際はラージプート人の9割はヒンドゥー教徒でした。
ラージプート人はヒンドゥー教徒でも、ターバンの文化が根付いているようです。
② ラージプート人の文化と暮らし

ラージャスターンは大部分が「タール砂漠」とよばれる砂漠で占められています。
そのため、ラージャスターンの食文化は砂漠地帯という環境の中で発展した独特なものです。
砂漠地帯では水が貴重なので、乾燥した食材や香辛料を多く使うのが特徴です。
代表的な料理には、豆の団子をカレーにした「ダール・バーティ」などがあります。

私はカレーはナンやご飯と一緒に食べるイメージを持っていたので、少し驚きました。
③ ラージプート人の言語

ラージプート人の主な言語はラージャスターン語であり、ヒンディー語と同じグループに属するとされています。
そのため、ラージャスターン語はヒンディー語話者にとっても比較的理解しやすく、語彙や文法の多くを共有しているといいます。
例えば、ヒンディー語の「私は」は「मैं (main)」ですが、ラージャスターン語では「म्हूं (mhun)」になります。ラージャスターン語はヒンディー語よりも音が少し柔らかくなるのが特徴です。
④ ラージプート人のルーツと歴史

ラージプート人の歴史は、8〜12世紀ごろに北インド各地で小王国を築いた時代にさかのぼるとされています。
そして、中世の時代にイスラム王朝やムガル帝国の侵入を受けると、ラージプートの諸王国はしばしば激しい戦いに巻き込まれました。
彼らは外からの侵略に対して徹底的に戦い抜き、「名誉」「忠誠」「武勇」を何より重んじる戦士階級として知られるようになりました。
イギリス植民地時代になると、ラージプート諸王国は「藩王国」として存続し、王侯貴族としての地位を保ちながら統治を続けました。
⑤ ラージプート人の社会と経済

かつてラージプートの人々は数多くの王国を治めていましたが、現在ではインドという国家の中に統合されています。
それでも、旧王族の家系は今も社会的な影響力を持ち、ホテル経営や観光業などで成功しています。
こうした姿は、インド社会が今でもカースト制度に代表されるように“家系や出自”を重んじる文化を持っていることをよく表しています。
ラージプート人のエピソードはインドのナショナリズムや映画文化にも大きな影響を与えており、ボリウッド映画でもしばしば彼らの英雄的物語が描かれているといいます。
まとめ

ラージプート人は、かつて王国を築いた戦士の末裔でありながら、今は観光や文化の分野でその伝統を受け継いでいる人たちです。
豪華な宮殿やターバン、誇り高い生き方の中に、昔からの気質が今も自然に息づいています。
時代は変わっても、「自分たちらしさ」を大切にして勇敢に生きる姿が、ラージャスターンの人々の魅力といえるでしょう。
