パンジャービー人(Punjabi)は、インド北東部からパキスタン東部にかけて暮らす人々です。
パンジャービー人は、日本人の間でも馴染みのあるナンやバターチキンなどのインド料理を生み出したことで知られています。
ナンがインドのどこで生まれたか知らなかった方も多いのではないでしょうか。
私も記事を書くために調べていた時、ナンがパンジャービー人が住むパンジャーブ州から生まれたことを初めて知り、とても興味深く感じました。
今回は、そんなパンジャービー人の文化・社会・歴史について分かりやすく解説していきます。
① パンジャービー人の雰囲気

パンジャービー人は音楽やダンスが大好きな人々が多いといわれています。
皆さんもインドに興味がある方なら、インド人たちが音楽に合わせてノリノリで踊るボリウッドのダンスを見たことがあると思います。
このノリノリのダンスはパンジャービー人発祥のものとされています。
またパンジャービー人の外見は、小麦色の肌に黒髪、くっきりとした顔立ちをしていて、中東に近い人が多いともいわれています。
② パンジャービー人の文化と暮らし

パンジャーブ料理は、インドの中でも特に人気があります。
先ほど述べた通り、日本でとても有名なナンやバターチキンはパンジャーブ発祥です。
また、ミルクやヨーグルトなどの乳製品をよく使うのも特徴です。
そして、パンジャーブの都市の中ではアムリトサルがもっとも有名で、シク教の聖地として知られています。

私がこのアムリトサルの写真を見たとき、金色と白色の建物、そして湖がうまく調和していて、とても美しいと感じました。
インドというより、むしろ中東のイラクなどにありそうな建物のようにも見えます。
宗教では、パンジャービー人はシク教が約57%を占めており、ヒンドゥー教が多いインドでは珍しいと言えます。
シク教は、カースト制度と呼ばれる身分制度を否定し、すべての人は平等だと説く宗教です。
③ パンジャービー人の言語

パンジャービー語は、ヒンディー語や英語などと同じインド・ヨーロッパ語族に属しています。
ヒンディー語と比較すると、パンジャーブ語のほうがよりアラビア語やペルシア語の影響が強いとされています。
また、パンジャーブ語にはリズムがあり、歌などにとてもマッチするといわれています。

そのため、パンジャービー音楽はインド全土でとても人気があり、ボリウッド映画でもよく使われています。
有名なインドの歌手 Arigit Singh もパンジャーブ出身ではありませんが、パンジャービー語で歌うことが多いそうです。
ちなみに私は Spotify でパンジャーブ語の曲を聞いたことがありますが、とてもノリが良かった印象があります。
④ パンジャービー人のルーツと歴史

パンジャービー人のルーツは 4,000 年ほど前のインダス文明にさかのぼります。
その後、アーリア人がインドの先住民を支配し、さらにイスラム系の人々がムガル帝国としてこの地を治めたことで、さまざまな民族が混ざり合い、現在のパンジャーブ州はとても多様な民族構成を持つ地域になりました。
また、「パンジャーブ」という言葉は「5つの川の地」という意味を持っています。
これはこの地域にインダス川の支流が 5 本流れていたことに由来しています。
そして、パンジャーブ州は現在インドとパキスタンの国境にまたがっており、言葉や文化は両方とも共通しています。
もともと一つの地域でしたが、1947 年のインド・パキスタン分離独立の際に、宗教によって東西に分かれてしまいました。
⑤ パンジャービー人の社会と経済

先ほど述べた通り、パンジャーブ地方はインドとパキスタンの国境にまたがる地域です。
そのため、南アジアの政治を語るうえで欠かせない場所といえます。
1947 年のインドとパキスタンの分離独立でパンジャーブ地域が東西に分かれてから、カシミールと並んで宗教や国境をめぐる緊張が現在でも続いています。

私はこれを調べる前、印パ紛争=カシミールというイメージを持っていたので、パンジャーブでも起こっていることは少し意外に感じました。
特に印パ戦争やテロ事件の多くはこの周辺で起こっているとされています。
一方、文化の面では興味深いつながりもあります。インドのパンジャーブで作られた音楽や映画がパキスタンで人気を集めたり、逆にパキスタンの歌手がインドでヒットしたりと、国境を越えた交流が今も続いています。
政治的には対立があるものの、言葉やルーツが同じであるため、お互いの文化に親しみを感じる関係が今も残っています。
まとめ

パンジャービー人は、ナンやバターチキンを世界に広め、ボリウッドダンスでも人気を持つ人々です。
その一方で、インドとパキスタンの国境に位置しているため、政治的には分断を余儀なくされています。
それでも最近では、インドとパキスタンのアーティストがコラボするなど、再びつながりを取り戻す動きもあります。
それは国が違っていても、心は同じパンジャーブという意識が根付いているからだと思います。
