パキスタンは人口約2億4,000万人を抱える南アジアの大国です。
パキスタンは実はもともとはインドと同じ国で、宗教の違い(イスラム教とヒンドゥー教)により、1947年にイギリスから分離独立をしました。
そのため、パキスタンの公用語であるウルドゥー語は、インドの公用語であるヒンディー語と、文字以外ではほとんど同じだといわれています。
簡単に言うと、パキスタンは「イスラム教寄りなインド」のような国なのかもしれません。
今回の記事では、そんなパキスタンの主要都市について、地域ごとにわかりやすく紹介していこうと思います。
➀ カラチ ― パキスタン最大の都市で、経済の中心地

カラチは人口約1,600万人を超える、パキスタン最大の都市で、経済の中心地です。
カラチというと、あまり聞かない都市名かもしれませんが、実は人口規模だけで見ると、カラチは世界でもトップ10に入る超巨大都市です。
カラチはパキスタン南部に位置しており、アラビア海にも面しています。
そのため、港湾都市として発展してきた歴史があり、パキスタン最大の港である「カラチ港」では、物流や商業がとても活発に行われています。
カラチの雰囲気はとても活気があり、パキスタン中から人々が集まり、インド系・アフガン系・バローチ系・パンジャーブ系など、さまざまな民族が暮らしています。
② ラホール ― パキスタンの文化と歴史の中心地

ラホールは人口約1,300万人の大都市で、インドの国境近くに位置するパキスタン第2の都市です。
ラホールは観光地としてとても有名で、文化的にパキスタンの最先端を行っている都市だといわれています。
実際にラホールとカラチの写真を見比べてみると、カラチは人の多い都会という雰囲気なのに対し、ラホールは伝統的なモスクなどの建築が多く、より文化的な奥深さを感じます。
特にラホールのバードシャヒー・モスクは「ラホールの象徴」とも呼ばれており、建てられた当時のムガル帝国の繁栄を感じることができます。
③ イスラマバード ― 緑豊かなパキスタンの首都

イスラマバードは人口約120万人ほどの中規模都市で、パキスタンの首都です。
1960年代に新しい国づくりの象徴として、当時の首都だったカラチから、ほとんど都市開発がされていなかったイスラマバードへ首都が移転しました。
イスラマバードは、計画都市としてゼロから整備された都市です。
パキスタン建国当初はカラチが首都でしたが、南部に政治や経済の機能が偏ったことで北部の人々の反発を招き、その結果、北部に位置するイスラマバードへ首都が移転したといわれています。
これは、ブラジルがもともとリオデジャネイロを首都としていましたが、発展が沿岸部に偏ったことから、内陸都市のブラジリアへ移転した例とよく似ています。
イスラマバードは、カラチやラホールと比べて自然が豊かで、落ち着いた都市として知られています。
そのため、静かな雰囲気のパキスタンを感じたい方にはイスラマバードは合っているといえるでしょう。
④ ペシャワル ― 文化的にアフガニスタンに近い都市

ペシャワルは人口約200万人ほどの、パキスタン北西部の大都市です。
アフガニスタンに非常に近く、ニュースで話題になることも多い都市です。
ペシャワルの人々は、パシュトゥーンと呼ばれる民族が中心で、ウルドゥー語よりもパシュトゥー語がよく使われています。
アフガニスタンのタリバンの中心勢力はパシュトゥーン人であるため、ペシャワルは文化的にはパキスタンよりも、アフガニスタンに近い都市だといえるでしょう。
⑤ クエッタ ― バローチ族の中心都市で、乾燥した高地の街

クエッタは人口約120万人ほどで、パキスタン南西部・バローチスタン州の中心都市です。
クエッタには、パキスタン・アフガニスタン・イランにまたがって暮らす、バローチ族と呼ばれる人々が多く住んでいます。
バローチ族は長年にわたって独立を求めており、「バローチ独立運動」と呼ばれる運動をたびたび起こしています。
また、クエッタにはアフガニスタンから合計100万人規模の難民が流入してきたともいわれており、「アフガン難民」に関するニュースで話題になることが多い都市です。
まとめ

パキスタンには、経済の中心であるカラチ、文化の中心であるラホール、首都イスラマバード、そしてニュースで話題になることの多いペシャワルやクエッタなど、多様な都市が存在しています。
パキスタンは、もともとインドと同じ国でありながら、イスラム教やアフガニスタンなどの影響を受け、独自の文化を形成してきました。
パキスタンの都市について知ることは、インドを含む南アジアや、アフガニスタンの文化や情勢を理解することにもつながっていくと思います。
