キルギス人とは?馬とともに暮らしてきた中央アジアの人々。

世界の人々

キルギス人は中央アジアのキルギスを中心に暮らす民族で、その人口の約7割を占めています。カザフスタンが大草原の広がる国であるのに対し、キルギスは国土の9割近くが山といわれています。

そうした環境の中で、キルギス人は馬とともに暮らしてきた民族とされ、遊牧文化がとても盛んです。

今回の記事では、そんなキルギス人について文化・言語・歴史・社会などの視点からわかりやすく紹介していきます。

① キルギス人の雰囲気

キルギス人は中央アジアの中で、もっとも顔立ちが日本人に近いといわれることがあります。

実際、私が見る限りでは中央アジアの中でもかなりアジア的な顔立ちをしており、日本人にも近い人が多いと感じました。

ただしこれは中央アジア内での比較であり、韓国人や中国人の方がより日本人の顔立ちに近い人が多いように感じます。

② キルギス人の文化と暮らし

キルギスの文化の中心は「騎馬文化」と「山の暮らし」です。

かつてキルギス人は馬に乗りながら遊牧生活を送っていました。

現在は都市化が進み、そのような生活は減ってきましたが、地方では今も「ユルタ」と呼ばれるテント式住居を使うことがあります。

これはモンゴルでいう「ゲル」と呼ばれる住居に似ています。

山々に囲まれながらテントで暮らす生活は、どこか登山家のようにも感じられるかもしれません。

またキルギスの食文化は遊牧民らしく羊肉が中心です。

ベシュバルマクという、ゆでた羊肉を平たい麺と一緒に食べる料理が特に有名です。

③ キルギス人の言語

キルギス語はテュルク語族に属しており、カザフ語と非常に近い言語です。

例えば「私はキルギスに行きたいです。」という文を比べると、

キルギス語:Men Kyrgyzstanga bargym kelet.

カザフ語:Men Qyrǵyzstanǵa barǵym keledi.

このように、ほとんど同じであることがわかります。

わかりやすいようにローマ字で表しましたが、実際にはロシアで使われているのと同じキリル文字が使われています。

またキルギスはもともとソ連の一部だったため、ロシア語も広く話されており、約80%の人がロシア語を使えるといわれています。

④ キルギス人のルーツと歴史

キルギス人の歴史は非常に古く、最初の記録は紀元前の中国の歴史書にさかのぼります。

古代のキルギス人はシベリア南部に暮らしていたとされ、その後テュルク系やモンゴル系の遊牧民と関わりながら移動を続け、現在のキルギス地域に定住したと考えられています。

19世紀後半になるとキルギスはロシア帝国に組み込まれ、言語・文化・政治においてロシアの影響を大きく受けるようになりました。

1991年に独立して民主化が進みましたが、今もGDPの約3割がロシアへの出稼ぎに依存しているといわれ、経済面ではロシアの影響が強い状況です。

⑤ キルギス人の社会

キルギスは人口が約730万人と少なく、中央アジアでは比較的経済規模が小さい国です。

農業とロシアへの出稼ぎが大きな柱となっており、農業では約26%の人が働いているとされます。

(日本の農業従事者は約3%なので、その約9倍です。)

都市部ではビジネスや教育の場でロシア語が広く使われており、先ほど述べた通り出稼ぎのためにロシアへ働きに行く人も多いです。

一方で近年は、中国による「一帯一路」政策の影響も徐々に強まってきています。

まとめ

キルギス人は山での暮らしや馬の文化を受け継いでいる中央アジアの民族です。

中央アジアの中では比較的日本人に顔立ちが似ており、「日本人と似ている民族」と話題になることもあります。

キルギスを訪れて気に入るバックパッカーも多いようなので、興味が湧いたらぜひ旅行してみることをおすすめします。