カザフ人は中央アジアの大国カザフスタンに最も多く住んでおり、全人口(約1,900万人)のうちおよそ7割を占めると言われています。
その他の3割は主にロシア系の人々です。
その理由としては、もともとカザフスタンはソ連の一部で、たくさんのロシア系が移住していたことが挙げられます。
カザフスタンは資源大国であり、中央アジアの中で一番裕福とされています。
とはいえ、カザフスタンの一人当たりのGDPは韓国の2分の1以下であり、まだ先進国には及ばないと言えるでしょう。
そして、カザフ人の「カザフ(qazaq)」という言葉は、トルコ語で「放浪・自由」という意味を持っています。
(これはタイ人が自由の民という意味を持つのとも似ており、面白い点だと思います。)
つまり、カザフ人は、馬やラクダとともに広い草原を移動しながら、自由に暮らしてきた遊牧の民族です。
今回は、そんなカザフ人の文化や社会について初めて知る人でも理解しやすいように紹介していきます。
① カザフ人の雰囲気

カザフ人の見た目は、中央アジアの中でも特に多様とされています。
モンゴルや北方の遊牧民族にルーツを持つモンゴロイド系の顔立ちに近い人もいれば、中東やロシアにルーツを持つヨーロッパ系に近い顔立ちをしている人も多いといわれています。
これは、長い歴史の中でカザフ人が多くの遊牧民や周辺の民族と交流してきたことが背景にあるそうです。
② カザフ人の文化と暮らし

カザフ人の文化で、私がまず思い浮かべるのは「遊牧」です。
かつてはカザフ人は馬・羊・ラクダとともに移動しており、広大な草原で生活していました。
現在は都市化が進み、首都のアスタナや最大都市アルマトイなどの都市部では遊牧の姿は見られなくなりました。
しかし、まだ田舎の地域などでは遊牧文化を見ることができます。
日本においては遊牧文化そのものがほとんど存在していないので、私はそういう光景を見てみるのは人生でとても有益な経験になると思っています。
カザフスタンの首都アスタナは下記写真を見ていただければわかるようにとても近未来的な雰囲気の都市です。

私はアスタナの写真を初めて見たとき、その近未来的な雰囲気をとても気に入りました。
ちなみに、このアスタナの都市設計は黒川紀章氏という日本人が行ったそうです。
また、首都アスタナと最大都市アルマトイの違いについて述べると、アスタナはソ連崩壊後に開発が進んだのでカザフ人の都市というイメージがあるのに対して、アルマトイは旧ソ連時代に既に大都市だったためロシアの建築や文化の影響が強いとされています。
また、カザフスタンの料理は馬肉料理「ベシュバルマク」がとても有名です。

私がこの料理について知ったとき、馬肉という点はとてもカザフスタンらしいなと思いつつ、料理の見た目についてはロシアを感じさせられました。
また、宗教に関してはカザフ人の多くは他の中央アジアの人々と同じようにイスラム教を信仰しています。
③ カザフ人の言語

カザフ人が話すカザフ語はテュルク語族と呼ばれるトルコ語やウズベク語と同じグループに属しています。
これは、もともと中央アジアなどで活動していた遊牧民がトルコまで移動したことが背景にあると言われています。
私がカザフ語とウズベク語を聞き比べてみると、カザフ語の響きはウズベク語より柔らかいと感じました。
現在、カザフ語の表記はロシアのキリル文字が中心ですが、2020年代からラテン文字への移行が進められています。
私はこの背景には、もともとソ連の一部だったカザフスタンが文化面でのロシア依存を減らしていきたいという狙いがあると思っています。

ただカザフ人の約95%はロシア語を話すことができると言われており、これは中央アジアの中では一番多いです。
この点は少し意外でした。なぜなら、私は経済的に豊かなカザフスタンはロシアへの依存が比較的少ないと思っていたからです。
しかしよく考えてみると、ロシア人がカザフスタンの人口の約4分の1ほどを占めており、カザフ人が日常的にロシア人と接しているので、とても自然なことだと思いました。
④ カザフ人のルーツと歴史

カザフ人のルーツは、北方にいたテュルク系の遊牧民と、モンゴル系の人々が混ざり合ったことにさかのぼるとされています。
13世紀にカザフ人が住んでいた地域にモンゴル帝国が広がったあと、そこではたくさんの遊牧部族が力を持つようになりました。
そして、15世紀ごろには「カザフ・ハン国」という国が生まれ、現在のカザフ人につながる形が固まっていったと言われています。
その後、ロシア帝国が中央アジアへ進出していき、19世紀の後半にはロシアの支配下に入ることになりました。

ソ連時代には農業の大規模化が行われたり、ロシア系住民が増えたりするなど、社会の構造が大きく変わりました。
驚くことにソ連時代には、「カザフ人」の人口が約2割ほどにまで減ったこともあるそうです。
しかし、ソ連崩壊後に「カザフスタン共和国」として独立を果たしたことで、カザフ人としての文化や伝統が再び見直されました。
⑤ カザフ人の社会

カザフスタンは石油や天然ガスなどの資源が豊富であり、資源産業によって国を大きく発展させています。
そのため、カザフスタンの経済は中央アジアで一番大きいとされています。
ちなみに、2番目に豊かなのは実は「中央アジアの北朝鮮」とも呼ばれる資源国トルクメニスタンなのも興味深い点です。
カザフスタンではロシア語が広く通じるため、ビジネスではロシア語とカザフ語の両方が使われています。
まとめ

カザフ人は長い歴史の中で遊牧文化を中心として生活してきた人々です。
その一方で、現代においては世界有数の資源大国として発展を続けています。
そして、カザフ人の歴史はイスラム教の広まりやロシアの支配など、さまざまな要素が重なっています。
そのため、現在のカザフ人の文化はとても多様なものになっていると言えます。
まだ日本においてはカザフスタンはマイナーな国の一つですが、東南アジアよりもインフラが整っており、生活もしやすいとされています。
そのため、新しい文化に触れてみたい方はカザフスタンに行ってみることをぜひおすすめしたいと思います。
