チェチェン人は、ロシア南部のコーカサス地域(ジョージアなどの近く)にある「チェチェン共和国」を中心に暮らす民族です。
チェチェン人の人口は約150〜200万人ほどとされています。
日本ではチェチェン人というとチェチェン紛争のイメージが強く、危険な地域と思われがちです。
しかし、実際のチェチェン人は家族思いな人が多く、客をとても大切にする温かい文化を持っているとされています。
今回は、そんなチェチェン人について文化・言語・社会などの視点からわかりやすく紹介していきます。
① チェチェン人の雰囲気

チェチェン人の外見は、ヨーロッパ系の顔立ちに近い人が多いそうです。
しかし、髪や瞳は暗い色が多く、中東人を感じさせる雰囲気も持っている人が多いとされています。
これは、チェチェン人が住んでいる 「コーカサス地方」がモスクワと中東の間に位置していて、ロシア系と中東系が行き交う場所だったことが関係していると思います。
② チェチェン人の文化と暮らし

チェチェン人の生活は、昔から山に囲まれた村や谷を中心に営まれてきました。
そのため、家族の結びつきや部族のつながりがとても強いとされていて、チェチェン人は「客を最大限にもてなすこと」や「家族の名誉を大切にすること」などといった価値観がとても重視されます。
チェチェン料理では、「ジジグ=ガルニッシュ」と呼ばれる肉料理がよく食べられています。

ジャガイモも混ざっているかなり西洋風な肉料理だと感じます。
そして、チェチェン人たちの中心地ともいえるのが、グロズヌイと呼ばれる都市です。

グロズヌイは人口が約30万人ほどの中規模の都市です。
グロズヌイを他のコーカサス地方の都市と比べてみると、例えばアゼルバイジャンの首都バクーは230万人以上いるので、人口が少なめといえるでしょう。
また、チェチェン人の多くはスンニ派のイスラム教を広く信仰しており、イスラム教がチェチェンの生活や文化に深く根付いています。
③ チェチェン人の言語

チェチェン人が話すチェチェン語は、世界でもかなり珍しい「ナフ=ダゲスタン語族」というグループに属しています。
これは、アラビア語ともロシア語とも全く違う言語で、周囲のどの国の言語にも似ていないのが特徴です。
ちなみに、同じコーカサス地方のジョージア語やアルメニア語もそれぞれ独自の言語グループに属していて、他のどの言語とも似ていないです。
私はコーカサス地方ではそれぞれの地域が独自の文化や文明を築いているように思えます。
また、チェチェン人は日常生活ではロシア語も使うことが多く、若い世代はロシア語を流暢に話せる人が多いとされています。
④ チェチェン人のルーツと歴史

チェチェン人の起源は非常に古く、数千年前からコーカサス山脈に住んでいたと考えられています。
コーカサス山脈という険しい地形に守られていたため、外部の勢力に支配されることが少なく、独自の文化を守り続けてきました。
しかし、18〜19世紀になるとロシア帝国がコーカサス地方へ勢力を広げていき、チェチェン人はその支配に対して激しい抵抗を続けることになります。
その後、20世紀にはチェチェンはソビエト連邦の一部となりましたが、 スターリン政権下ではチェチェン人は“反政府的”と見なされ、多くの人が中央アジアへ強制移住させられるという悲劇も経験します。

1991年以降はソ連崩壊を機に独立するために、チェチェン紛争が起こり、ロシアとの戦闘が長く続きました。
しかし、現在は復興が進み、首都グロズヌイは近代的な都市へと大きく進化しています。
私はチェチェン人はロシアの一部でありながら、独自のアイデンティティを強く持っている存在だと感じます。
⑤ チェチェン人の社会

チェチェン共和国は石油・天然ガスを中心とする資源産業が経済の大きな柱になっています。
チェチェンの首都グロズヌイ周辺には油田が点在しており、石油生産は19世紀後半から続く伝統的な産業だとされています。
そして現在でも、エネルギー関連の収入はチェチェンの経済を大きく支えています。
そのため、チェチェン紛争で大きく破壊された首都グロズヌイは、現在では「コーカサスでもっとも近代化が進んだ都市の一つ」と言われるほど復興が進んでいて、高層ビルやショッピングセンターが立ち並んでいます。
まとめ

チェチェン人の文化はロシアと中東が合わさったような雰囲気があり、言語は世界でも珍しい独自の言語を話しています。
チェチェン人を知ることは、 ロシア・中東・コーカサスの歴史を理解することにもつながっていくと思います。
