ブリヤート人とは?バイカル湖のほとりで暮らしてきたモンゴル系ロシア人

世界の人々

ブリヤート人は、ロシア連邦の「ブリヤート共和国」を中心に暮らす民族で、人口は約50万人ほどとされています。

ちなみにロシアにおける「共和国」は自治区や省のようなものです。

ブリヤート人はロシア国籍なのですが、モンゴル人に近い顔立ちを持ち、ロシア国内ではモンゴル系民族として最大規模です。

ブリヤート共和国は、「バイカル湖」のすぐ近くに位置し、寒冷な気候の中で独自の文化を守り続けてきました。

ブリヤート人は日本ではあまり知られていない民族ですが、私は調べていくうちに、モンゴル文化とロシア文化が同時に息づいている、とても興味深い人々だと感じました。

今回は、そんなブリヤート人について文化・言語・社会などの視点からわかりやすく紹介していきます。

① ブリヤート人の雰囲気

ブリヤート人は、モンゴル人のような雰囲気の人が多いとされています。

ただ、ロシア帝国時代からスラブ系との交流が多かったため、ブリヤート人の中には少しヨーロッパ寄りの雰囲気を持つ人もいるといわれています。

② ブリヤート人の文化と暮らし

ブリヤート人の暮らしを語るうえで欠かせないのが「バイカル湖」です。

ブリヤート人はその多くが湖の近くで暮らしており、夏には湖の近くで馬や牛を放牧し、冬には凍った湖の上で移動や漁を行うといわれています。

そして、ブリヤート料理はオームリというバイカル湖に生息する魚料理が有名です。

宗教はチベット仏教とシャーマニズムが混ざった独特の信仰が受け継がれています。

これはモンゴル帝国の時代に、元の皇帝のフビライ・ハンがチベット仏教を国の主要宗教として保護して広めたことが関係しています。

今でも、実はモンゴル本土でもチベット仏教が主流です。

私はモンゴルとチベットは関係があまりないように思っていたのですが、実は関わりが深かったことに少し驚きました。

③ ブリヤート人の言語

ブリヤート人が話すブリヤート語は、モンゴル語にとても近い言語です。

単語や文法がほぼ共通しており、モンゴル語話者とはある程度話すことができるといわれています。

ここで「私は朝ごはんを食べました」を比べてみます。

(分かりやすくアルファベット表記にしました。)

ブリヤート語 Bi öglöö khool ideb.

モンゴル語 Bi öglöö khool idsen.

このように、ブリヤート語とモンゴル語は非常によく似ています。

一方、ブリヤート人は日常生活ではロシア語も広く使われており、ブリヤート語とロシア語の2言語を使う人が多いです。

④ ブリヤート人のルーツと歴史

ブリヤート人のルーツは、古くからバイカル湖周辺に住んでいたモンゴル系の部族だと考えられています。

13世紀にはチンギス・ハンが率いるモンゴル帝国に組み込まれ、その後はモンゴル文化と密接に影響し合いながら発展していきました。

17世紀になるとロシア帝国がシベリアを支配し始め、ブリヤート人の地域も少しずつロシアの統治下に入っていきました。

しかし、ロシア化が進む一方で、ブリヤート人は独自の文化や仏教を維持し続けました。

ソ連時代にはブリヤート人の宗教が制限された時期もありましたが、1991年のソ連崩壊以降は再び文化の復興が進んでいます。

⑤ ブリヤート人の社会

日本においてはブリヤート共和国は観光地としては無名かもしれません。

しかし、ロシア人にとってブリヤート共和国は観光地として有名であり、特にバイカル湖周辺には多くの旅行者が訪れるといわれています。

そのため、観光はブリヤート共和国の1つの大きな経済の柱となっています。

また、ブリヤート共和国には豊かな森林資源や鉱物資源もあり、林業、鉱山や牧畜なども重要な産業となっています。

まとめ

ブリヤート人はバイカル湖を中心に暮らしてきたモンゴル系民族で、仏教とシャーマニズムを合わせ持つ独特の文化を持っている人々です。

外見はモンゴルに近く、言葉もモンゴル語とほぼ兄弟関係にありますが、ロシアの文化的な影響も強く受けており、とても多文化的で魅力的な民族だと感じます。

ブリヤート人はモンゴルとロシアの間で生きているような人々であり、ブリヤート人を知ることは、モンゴルとロシアの関係性を理解するうえで欠かせないと思います。